解釈の規制緩和

どう解釈すれば良いのか、俺は何から何を守ろうとしているのか、人の繋がりが広がるとはなんだろうか。

目の前に覆い尽くすそれは、巨大に見えて小さいのか、もうよう分からん。

ただ誰かの不幸の上に築くものなんてぶっ壊しちまえ、

許し、解決、結果ではなく大切なのはプロセスだ。


終焉

先に行く。違う畑どころか違う生き物。

安定してめんどくさがってお前を過大評価してるのはお前以外に他に誰がいるのか、他人が都合よく作った常識を都合よく解釈して、その上で笑っているけど俺には溺れているようにしか見えない。その空気で生きていくのか。終焉。

俺は先に行く

懐かしい未来

目まぐるしく、おそらく幼稚な自分が自らの悲観的観測により導き出した物理的限界なんかとっくに超えて、思考と行動を繰り返す。

自分の日々の行動やその機微、心の移り変わり、そこから派生する新たな感覚性なんて、実直に口にしない限り他人には知り得ないことだ。

でもだからこそ変わらないことは心は自分だけのもの、誰にも奪えないものでもある。時には誰かに分かってほしくて寂しく思うことも、心無い否定を喰らい落ち込むことも、実はその気持ちに自分自身が自らを操って向かう感情の着地点でもある。

息をして日々を重ねていく中で変わらない事のほうが不自然だし気味が悪い、

だからどう心が転ぼうが変わることは当たり前だし、たどり着く方向は自分で選んでいるに違いない。

守るためには戦う

やさしさ

答えがいちいち必要か?

早死にしたいの?

素直であるべきだ、嘘ついたり自分の弱さを都合よく誰かの所為にして、調子にのるのは良くない、だいたい何様だ?

良い悪いいけるいけないそんな次元の話じゃなく、やりたいかやりたくないかの話だ、

素直であるべきだ、

音楽も、生命も、答えなんてない、

答えがあるとしたら、流れそのものが答えだ。流れそのもの。

歳を重ねる度に嫌いなものが増えていくと、ただ偏屈な大人になっていってるだけか?と思うけど、そーじゃなくて、その分好きなものは好きっていう深さが増していってるから、これは偏屈じゃなくて洗練されていってるんだなって思うと、ストンと落ちる。

俺もまぁ、都合いいか。